ゆかめ線

雑記と日記と ときどき旅行記

雑言 (2019/7/6)

いつもの帰り道。

 

家までの間、普段なら何気なくイヤホンをして音楽を聴きながら歩いて帰るのだけれど、今日は珍しく、音楽を聴かずに歩いていこうという気持ちになった。というのも、今読んでいる本に、夜の散歩に関する描写があったためである。

本曰く「アイデアを求めるとき、机に向かうより散歩に出た方が何かとひらめきを得やすい。特に夜の散歩は、気をとられる人の往来も少なく、より心が澄みやすい。(要約)」とのこと。

徒歩での帰り道。ちょうど夜。特段何かを思い詰めていたり、ひらめきたい何かがあるわけでもなかったけれど、歩いているうちに何かしらのアイデアを思いつけたらどこかで役立つかもしれないとか適当なことを思って、今夜はイヤホンをせずに帰ることにした。

 

雨が降っていた。

 

このところ梅雨らしい天気が続いている。軽率に洗濯物を干すことができない厳しい季節である。今夜も例にもれず雨だ。

少しばかり白く霞んだビニール傘には、雨粒がぼたぼたと独特な音を奏でながら、表面にぶつかっては縁のほうへと流れていく。雨粒が傘にそそぐその音はどことなくリズミカルで、聞いていると気分が穏やかになるような気がした。

こういった雨音や、海辺の音、川のせせらぎといった環境音には人の心をリラックスされる効果があるらしく、「ASMR」と呼ばれ人気を博しているそうだ。

そんな雨粒の音を、傘を通じて360°の圧倒的ステレオで聞いている今の状態はさしずめASMRの源泉かけ流しといったところだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら歩みを進める。

 

音楽のない夜道は気持ちが退屈するのではないかと初めは思ったが、そんな杞憂を埋め合わせるかのように、歩いている間は別の考え事が漂流していた。それはブログに良さげな紀行文を書いてみたいとか、今年の夏はどんな旅をするかとか、他愛もないものであったが。

ただ、明らかに普段の帰り道とは違って、より意識的に物思いに耽られたように思う。それはさっきまで読んでいた例の本の内容に触発されたということもあるだろうが、普段は音楽を聴いていながら、それだけ頭をぼーっとさせながら歩いていたことの裏返しなのかもしれないとも思った。チコちゃんに叱られそう。

 

そういえば旅行中もイヤホンをせずに歩いている時間がある。イヤホンをするというのは、個人的には"変わり映えのない日常の動作"といった感覚があるので、非日常を味わいたい旅の道中では、現地の雰囲気に没入したいと思い、音楽とかを聴かず自然の音に耳を傾けるように意識している節があるのだ。

その甲斐あってか、歩いている間は色々と物思いに耽ったり、ブログに書くならこういう文章にするか、などといった簡単な構想が次々と浮かんでくるものであるのだが、悲しいことに旅行を終えた頃、いざブログにまとめようかという段階になると、旅の間に感じていた内容の大半を忘れ、「エモかった(小並感)」といったものを写真に添えるくらいしか出来なくなるのであった。結果として旅記が完成するに至らないのは、このブログの記事一覧に旅記が殆ど見られないことにも自明である(せっかくカテゴリ用意してんのにナ)

旅行中の些細な感情の動きを忘れてしまうのは、ブログに書く内容がなくなるという面のほかに、旅行での楽しかった思い出を他人に語る際にも障害となって表れてくる。事実、旅行趣味を公言するまでは良いのだが、他人から「今まで訪れた場所で一番良かったところどこ?」「〇〇の見どころってなに?」といった問いを投げかけられると、いまいち上手く言葉にしてまとめることができず、場を微妙な感じにしてしまうことがよくあった。

 

そんな不甲斐ない自分を打破すべく、最近では旅行中こまめにメモを取るようにした。現地で何をしたか、何を見てどう思ったのか、ちゃんと後になって旅の思い出を追体験できるように、LINEに自分だけを突っ込んだグループを作り、そこに一言一言を投げていく。それなりに手軽な手段だと思うし、確かに後になって振り返るのにそれなりに役に立った。けれどもメモできたものは、実際に旅行で体感したものの1/1000にも満たないものであった。追体験するにはまだ情報が足りないのだが、スマホを操作しなければならない以上、メモを取れる量にも限界があるようにも思う。(あまりメモに気を取られると、旅を楽しんでるのかメモするために旅に出てんのか目的を見失いそう)

一番良いのは脳内に浮かんだ言葉を何かしらで読み取って、バックグラウンドで直接ブログの下書き記事に殴りつけていく方法であるが、今のところ、脳波を文章化してブログに書きなぐれる技術は確立していないように思う。そもそも、脳内に思った内容を即文字列化されたら、移動中に思った余計な考え事もデータに飛ばされ、「帰ったらドチャクソ致すか」「あ~意中の異性とワチャワチャしたい」などといった猥談話に下書き記事を埋められかねない。これはこれで問題だろう。

 

イヤホンをせずに歩いて帰る夜。

 

自然の音に耳を傾けていると、何気ない日常の音ながら、色んな音が聞こえてくるものだなと思う。遠くで救急車の走る音、どこかの家から聞こえる物音、音楽を聴いていたらまず聞こえないだろうなという些細な音が周りにあふれていた。後ろから車が接近してきても、今日はイヤホンをしてないからわかるぞ!といった具合である(?)。

別にイヤホンをしないで過ごす行為のどこにも特別なものなんてないのだが、こうして長々と記事を書く動機になった程度には、自分の中ではイヤホンをしないということが特別な行為であり、逆を言えば、普段それだけイヤホンをして音楽を聴きながら過ごすことが多かったということかもしれない。

外にいる間、イヤホンをして好きな音楽を聴きながら一人の時間を過ごすことで、パーソナルスペースに蓋をするような感覚になれるようなところがある。ネガティブな表現を使えば、自分の殻にこもる、外界をシャットアウトできるといったところだろうか。

 

ふと思い返してみれば、一人でいる時間の多くをイヤホンをしながら過ごしていることに気が付く。電車に乗っている間、大学にいる間、他の人の多くもそうやって過ごすことは多いだろうけれど、自分において、特に大学にいる間に関してはこれを意識的にやっている節がある。

 

私の陰キャ社会不適合ぶりは過去記事のどこかしらにも晒した通りだが、陰キャ特有の感情として、陽キャに交じってキャンパス内を歩いている最中、どうしても周りの目線が気になるという特性がある。なんかあの人キショいとか、後ろ指を指されているような気分になる。今この文章を読まれた方にも当てはまるところがあるかもしれないし、ないかもしれない。

もちろん、これに対し「自意識過剰すぎ」「言うほど他人が自分なんかを見ているわけがない」といった反論があることと、恐らくそれが事実であることは間違いないのだが、それでもなお、そうした後ろ向きな感情を抱かざるを得ない状態にあることも、これまた事実。

こうしたときに有効なのが、「イヤホンをして好きな音楽をひたすら聴くこと」である。音楽に意識を傾けることで、意識を外界からシャットアウトして、上記のようなネガティブな感情を少しながら抑えることができる。他人はどうかわからないけど、少なくとも自分はそんな感覚を持っている。

大学という、同年代の交流を持てる環境で一人の殻にこもるのはあまりよくないこともわかっていながら、先述した悲観的な感情が勝ってしまうので、やはり大学で一人でいる間は殆どイヤホンをしながら過ごしている。これが意識的にやっている節があるという部分についての釈明である。

 

・・・な~んてことを書いたら少しはブログのネタになるのかな、などと思いながら夜道を歩いていると、前方に歩く男性を確認した。自分が早歩きをしていたからか、一本道の中、図らずも男性の後に続いて歩く形となった。

 

自分は普段から早歩きなのか、大学内でもこういう状態になることがたまにある。追い越しの効かない狭い通路で先方に追いつくと、どうしても渋滞したような、後をついているような外観になってしまいがちであり、先方が女子大生だったりすると気まずいことこの上ない。まるでストーカーみたいな感じになってしまい、後ろを振り返った相手に白い目を向けられてしまうこともしばしばである。もっとも歩いていたら後ろに見知らぬ陰キャがいたなんて女子大生側にとっても迷惑な話なので、相手の白目線にも納得するばかりだが。特段、人ひとり入れないくらい間を詰めてるとかそんなレベルではないはずなのだけれど、こう、前を歩く人に追いついてしまった時の変な感覚は多少なりとも共感されたい。

 

それはさておき、同じように前を行く男性に追いつく形となってしまった中、男性がひとりでに歌っていることに気が付いた。

人影もない一本道、他人がいないと思って歌っているのだろうか。いや他人がいても声を出して歌う人がいるかもしれないが、さすがに少数だと思うし、仮に男性がその少数であったとしても、少なくとも後ろを歩く自分の存在には気づいてない様子である。もしかするとイヤホンをしているので、後ろを歩く自分の足音とかが聞こえないのかもしれない。普段自分がそうやっているように。ともするといつも通りの自分なら、男性に追いついたところで、その男性が歌を歌っていることにすら気が付かなかったのかもしれない。でも今日は気づいたのだ。今日の自分はイヤホンをしていないのだから。

 

道が開け、歌を歌う男性とは別れを告げ、ひたすら帰路を歩く。

 

ただでさえ人気のない夜中に、特に人通りの少ない暗い道がある。街灯も置いてない程度には真っ暗で普段はあまり通らないルートなのだが、気分転換ついでに今夜はこちらを通ることにした。

人通りがないと書いたが、0人というわけではなかった。1人くらいすれ違った。イヤホンをしていないので、周囲に意識が向けられるようになったのか、すれ違う人がいることにも意識的になっていた。今夜の自分は気づけるぞ、イヤホンをしていないのだからな!などと謎に意気揚々としていた。

 

 

 

それから少ししてからだった。

 

後ろから自転車がやってきては、さっと自分を追い抜いて行った。

めちゃくちゃびっくりした。

 

びっくりして半歩くらい飛び上がったし、水のたまったところに着地してビチャッ!とかなったりした。急に視界に入ってくるものがあると、ひどくびっくりするところが自分にはあるらしい。気が付かなかった。自転車の接近に。イヤホンをしていなかったのに。

イヤホンなしで歩いていたことに対して意気揚々としていたところで急に驚いてから冷静になった、その温度差に謎の面白さを感じて、しばらく自分の中でツボっていた。

 

そんなこともついでに書いたら少しばかり記事も面白くなるだろうか、なんてことを考えながら、気を取り直して家路を急いだ。

 

 

 

家まであと一息。