ゆかめ線

雑記と日記と ときどき旅行記

「藍色鳥海」をめぐる【由利高原鉄道】

 

 

「あ、高速バスがセールやってる」

 

 

最初の動機は、こんな些細なものであった。

新年度も始まったばかりの4月の頭。1日分の青春18きっぷを余らせていた私は、高速バスと抱き合わせで遠出することに決めた。期間は1泊2日。行先は、どこか穏やかな空気の流れていそうなローカル線。

 

それから色々調べて、秋田県を走る「由利高原鉄道」というローカル線へ訪れることにした。

理由はあまり覚えていない。もう3年も前の話だ。

 

 

あまり詳細を覚えていないけれど、このまま記憶の彼方に忘却してしまうのも惜しい。

そう思って、朧気ながら当時の足跡をここに書き記すことにした。

 

 

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旅行初日は、18きっぷを片手に、ひたすら在来線を乗り継いで北上した。
秋田駅には終電で到着し、駅に直結しているネットカフェで夜を明かした。そして翌日、由利高原鉄道が接続する羽後本荘駅へ向かうべく、羽越本線の始発電車に乗り込む。

 

 

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朝、乗り換え通路に掲げられた電光掲示板には「東京行き」の表示が。

昨日あれだけ時間をかけやってきた道のりも、新幹線に乗ってしまえばものの数時間で移動できてしまうのだからおっかない。

 

 

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始発電車の車窓はとても幻想的なものであった。

至る所に雪が残っていて、東北の冬はまだ終わっていないことを感じた。

 

 

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ところどころでは、車窓いっぱいに日本海を眺めることができた。

太平洋とは対に、暗く荒々しいような印象をこの海に持ってしまうのはなぜだろう。

 

 

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1時間ほど乗車し、羽後本荘駅に到着。

ここで由利高原鉄道に乗り換える。隣のホームで待ち構えている白い列車がそれだ。

 

 

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現在の時刻表を見るに、乗り継ぎには結構時間的余裕がある。

当時の私はこの時間を使って駅前を散策したようだ。

 

 

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駅前には銅像が立っている。着物姿で、何かを踊っているような風貌だ。

足元の石碑には歌詞が刻まれている。これは秋田民謡「本荘追分」の一節である。

 

 

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さてそろそろ発車時間だ。

駅前散策もそこそこにして、始発列車に乗り込む。

停まっていた列車は、なかなか近代的な車両であった。白を基調とした車体に、鮮やかな色が施されている印象的なデザインだ。由利高原鉄道では基本的にこのタイプの気動車が運行されているらしい。ちなみに車体の色は車両によって異なり、他に赤色、緑色をまとった車両がいる。

 

豪快なディーゼル音を轟かせながら、列車は走り出した。

眩しい朝日が差し込む車内には、数名ほど旅客の姿があった。

 

 

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最初に降りたのは、羽後本荘から5駅目の「曲沢駅」だ。

この駅に対し何らかの目的をもって下車したというわけではないのだが、これには訳がある。

 

 

今回の旅の目的の一つに、なるべく多くの駅を訪れるというものがある。これは映像制作のための素材収集が念頭にあるからだ。

ローカル線の本数は決して多くない。列車に乗り、1駅で降りて、撮影し、また次の列車で隣駅へ、などと続けていると、終点に着く前に終電を迎えてしまう。もっとも今回に至っては、終電前に秋田駅へ戻り、帰りの夜行バスに乗車しなければならい。

より効率的に多くの駅を訪れるためには、上下方向の列車を駆使し、ジグザグを描くように移動する必要がある。このため、最初に訪れる駅が何ら変哲もない途中駅であることは、このような鉄道旅ではよくあることなのだ。

 

 

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上の文章では「何の変哲もない」とは言ったものの、この駅は冒頭で記した「どこか穏やかな空気の流れていそうなローカル線」を感じるには十分な駅であった。 

 

だだっ広い田園地帯の中に、駅舎とホームがぽつんと佇む、そんなところだった。「まがりさわ」の名前とは対に、一直線に伸びる線路が印象的である。

この地域は豪雪地帯だという。冬になれば、一面に雪の絨毯が広がる中、あの気動車がガタゴトと足音を響かせならがやってくる光景が見れるのだろうか。そんな風景を拝むには少し遅すぎてしまったなと、なんだか惜しい気持ちになった。

 

 

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遠くに見えるのは「鳥海山」だ。

秋田県山形県の県境に位置する山で、出羽富士とも呼ばれる。この地域のシンボル的な山といっていいだろう。完全に雪が解けた周囲の山々とは対照的に、その姿を白一色で染め上げた堂々ないでたちが印象的である。

 

 

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列車に乗り、続いて「鮎川駅」にやってきた。

曲沢駅から本荘方面に2駅移動した形だ。先述の曲沢駅との間に道中の写真が見当たらないので、列車で移動したのだと思われる。この駅もローカル線情緒あふれる素敵な駅である。

 

 

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なかなか立派な駅舎である。

建物の雰囲気からして、そこまで古いものではないように感じた。

 

 

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待合室も広々としていて居心地がいい。

冬の間も、なるべく寒い思いをせずに列車を待てるようにと考えられているのだろう。

 

 

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鮎川駅では列車を1本撮影した。

冒頭で乗車したものより一世代ほど古そうな車両だ。実は旅の道中で一度だけこの車両に乗ったのだが、車内で流れる自動アナウンスの声が、他の車両とは異なるものであった。

 

 

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今度は隣の「黒沢駅」へ。

こちらも道中の写真が残っていないので、列車移動だと思われる。

 

 

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この駅も、先に立ち寄った曲沢に負けず劣らず、視野の広い駅である。

由利高原鉄道にはこうした広々とした駅風景のところが多いように感じる。何にも視界を邪魔されず、一面の田園地帯の中を列車が走る光景は、見ていて心が癒される。

 

 

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駅舎のつくりは曲沢のものに似ているように思う。

こちらは立派な松の木が生えている。

 

 

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羽後本荘ゆきの列車がやってきた。

始発で乗った青いタイプの気動車だ。今度はこれに乗って、3駅隣の「薬師堂駅」を目指す。

 

 

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薬師堂に到着した。ここは羽後本荘の隣駅でもある。

先程までいた駅とは対照的で、駅前は往来が多く、周りには建物もたくさん建っていた。

 

 

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乗ってきた列車を見送る。

奥に見える架線柱はJR羽越本線のものだ。線路は薬師堂のそばを通っており、おばこ号はこの先で合流し羽後本荘へと至る。

「おばこ号」というのは、この鉄道を走る列車につけられた愛称のようなもので、車内アナウンスでも「おばこ号をご利用いただき・・・」などと放送されている。「おばこ」は若い年頃の女性を指す方言である。箱入り娘とかそういったニュアンスがあるのだろうか。

 

 

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駅のホームでは木彫りのふくろうに出迎えられた。

 

 

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駅舎の中にはバスか列車かわからないが、非常にそれっぽい"座席"が置かれていた。

 

 

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写真が飾られている。とてもきれいな写真だ。

鮮やかな塗装が雪景色に映えるなと思った。いつかは真冬に撮り鉄したいものだとつくづく思う。

 

 

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さて薬師堂から次に訪れる隣の「子吉駅」までは、皆さんお待ちかねの駅間お散歩タイムである。列車に乗るだけが鉄道旅ではない。

子吉までは約2,3km、およそ30分の道のりとなるが、線路はその全区間国道108号線と並走しており、歩くのは容易である。この間に列車が一本通過するはずなので、どこか寄り道をして撮り鉄することにした。

 

 

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手前に見えるのは日本海東北道。そして奥に坐するのが鳥海山である。

雲一つない空の下、白く雪化粧をした出羽富士の堂々とした佇まいには圧倒されるものがある。

 

 

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遠くで電車の音がした。羽越線の列車だ。

 

 

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お目当てのおばこ号がやってきた。

色々と散策したけれど、良い構図を見つけることができなかったので、国道そばの踏切で撮り鉄することに。撮影技術には疎いので特に捻った写真を撮ることもなく、無難に編成写真っぽい何かで済ますこととなった。

列車が過ぎた後は、子吉に向けて再び歩き出す。

 

 

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そういえば線路と並行する形でこのようなものがずっと立っている。いったい何なんだろうと思ったが、おそらく厳冬期に起こる吹雪対策のものだろう。

 

 

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子吉駅に到着した。どの駅もきれいな待合室が整備されていて頼もしい。

ここには簡易郵便局が併設されているようだったが、行った当時は営業を行っておらず、看板も見ての通り隠されている。

 

 

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ホームも真新しく整備されている。恐らくバリアフリー化のためだろう。きれいな駅舎もこの工事に合わせて一新したのだろうか。

 

 

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子吉で羽後本荘ゆきの列車を待つ。

やってきたのは先ほど撮影した青い車両だ。写真から推測するに、踏切で撮影してから終点の矢島まで行き、折り返してやって来たことになる。私にはその間、この子吉で結構な待ちが発生していたことになるのだが、一体どうやって過ごしていたのだろうか。記憶は定かではない。。

 

 

 

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乗った車両にはアテンダントが乗務していた。

いわゆる「まごころ列車」というやつだ。1日に1往復運行され、車内ではアテンダントによる観光案内やグッズ販売などが行われる。このアテンダントの衣装も、あの「おばこ」にちなんだものである。

 

 

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車内に明るい日差しが差し込む。今日は天気に恵まれた良い日だ。

テーブルに反射しているのは窓に施された装飾で、秋田犬をモチーフにしていると思われる。秋田といえば秋田犬、そう「忠犬ハチ公」だ、といったところだろうか。もっとも、忠犬ハチ公ゆかりの地は、ここ由利本荘市から北に約100km離れた大館市にあるのだが。あっちの方もいつか行ってみたいなぁ。

 

 

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本日2度目となる羽後本荘駅へと到着。朝に比べて人影の姿が増えたように思う。

 

 

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まごころ列車のヘッドマーク

 

 

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羽後本荘駅を後にして、ここは南へ15分ほど歩いたところにある跨線橋

ちょうどいい具合に特急いなほ号とおばこ号が通過するようなので、ここで撮影することにしていた。同じ構図で2本の列車を抑えたので、まぁ何かしらの前後に使用することと思う。

 

 

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撮影を済ませて再び羽後本荘駅へ舞い戻る。

ちょうどこの辺りで昼時を迎えていたと思う。どこかで昼食を拵えていたと思うのだが、何を食べたか一切覚えていないので、もしかすると何も食べていないかもしれない。

 

 

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再びおばこ号に乗車。

先ほど跨線橋から撮影した、緑色の車両だ。

 

 

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途中で何度か渡ることになるこの川は、鳥海山に源を発する「子吉川」である。

この由利高原鉄道も、この子吉川にそって走っている。

 

 

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およそ50分程度で終点の矢島駅に到着した。

駅でカメラを構えながらうろうろしていると、近くにいた係員さんに「君朝から写真撮ってたでしょ!いいの撮れた?」といった具合に声をかけられた。やはり早朝から沿線でうろうろしているとある程度覚えられたりするのだろうか。

その後ホームで何枚か写真を撮り、さて改札を出ようとしたその時、あらぬ事態に見舞われた。

 

 

改札口のドアが開かない

 

 

改札口につながるドアを押しても開かないのである。写真左手に見える持ち手が付いたあのドアである。これはもしかすると、鍵ごと締め切られてしまったのかもしれない。

 

これは地方のローカル線にはよくあることなのだが、列車の来ない時間帯や、到着した列車から降りてきた乗客が全て改札を出きったのを確認した後に、駅の改札口を締め切ってしまうことがある。わざわざ列車のない時間に改札口に駅員さんを常駐させる必要性もないので、業務の効率上仕方のない、全くもって当然のオペレーションである。

ただこれは、列車を降りた後に風景やら看板やらを撮影するためにホームに長居するようなオタクとの相性が良くない。オタクはホームの端の方だったり、人目に付きにくいところにも行ったりしていることがあるので、駅員さんがそれに気づかないまま改札を締め切ってしまうのもある種納得してしまう節がある。

昔、八戸線を訪れた際にも同じ場面にあっており、無理やりドアを叩くなどして駅員さんを呼びつけ、ドアを開けさせるのも申し訳ないので、そのまま列車の折り返し発車時間までホームで暇を持て余していたことがある。

 

今回もそうなるのではないか。この後本当は隣駅まで歩く計画だったのだが、これでは計画変更せざるを得ない、どうしようか。そう思いめぐらせていたのだが、事はあっけなく解決した。

 

 

あっ、開いた!

 

 

 

 

ドアは引き戸であった

 

 

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矢島駅の駅舎。由利高原鉄道の本社もここに併設されている。

昔は国鉄矢島線時代の面影を残す駅舎が残っていたらしいのだが、いつしか駅舎も代替わりをして、今のものになったという。

 

そう、この鉄道は元々「国鉄矢島線」として営業していた。

1980年代に廃止へと話が進んだものの、紆余曲折があって1985年に第三セクター化され、由利高原鉄道 鳥海山ろく線として今に至っている。実は国鉄矢島線の前身となる鉄道もあったのだが、この話は後述。

 

 

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矢島駅前の風景。

この奥は子吉川の上流域に差し掛かり、さらに進むと鳥海山を望める展望台や、それこそ高原地帯らしい風景が広がっているらしいのだが、さすがに車がないと厳しい距離であったので、今回行くことは叶わなかった。

 

さてここからは隣の「川辺駅」まで歩くこととなる。およそ3.8km、45分の道のりだ。

 

 

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排水溝を流れる水の音が心地よい。

 

 

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線路を遠くに眺めながら、とぼとぼと歩く。

天気にも恵まれ、非常に穏やかな時が流れている。

 

 

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にしても、本当に見晴らしがよく、良さげに撮影できそうなスポットがたくさんある。

いかんせん肝心の列車がこないのだが。

 

 

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ほどなくして山にぶつかり、両側を木々に囲まれる。

 

 

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木々の道を抜けた先では道路工事が行われていた。この写真は、今まで歩いてきた方向を向いている。

 

 

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さらに進むと立派なスノーシェッドが現れた。

この辺りは閑散とした一本道な印象だったのだが、ストリートビューを見てみると、道路の真ん中にはきれいなセンターラインが引かれ、往来する車もめちゃくちゃ写っていてびっくりした。自分が歩いたときはそんな交通量ではなかったはずだが・・・。

 

 

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スノーシェッドをはじめとする道路構造物も、車の車窓越しで見るのと生身で足を踏み入れてみるのとでは、感じるものが違うなと思う。一人で歩いてくると、なんだか探検しているような気になって、自然とわくわくした気分になる。

 

 

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スノーシェッドを抜ける。

 

 

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抜けた先では、子吉川がすぐそばを流れていた。

鳥海山やその周辺からの豊富な雪解け水は、日本海へと注がれてゆく。川は水田を潤し、一帯では米や酒造りが盛んだという。

 

 

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山を越えた先で、眼下に平野が広がる。この先にあるのが川辺駅だ。

 

旅程では川辺駅に行く前に、この辺りで一本列車を撮影する算段になっている。

 

 

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下を走る国道には立派なフェンスが立っていたが、これも吹雪対策だろうか。

 

 

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そして列車がやって来た。

雪解け水が流れる音に交じって、力強いディーゼル音が響く。水田の周りにはすこしづつ緑が芽吹き、心地よい風と日差しの中に、春の気配を感じた。

 

 

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列車は川辺駅を後にし、足音も山間の中に消えていった。

 

 

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列車が過ぎ去った後も、心地よさに我を忘れ、少しばかりその場に立ち尽くしていた。

 

 

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山紫水明。

山や川など自然の美しさを表した四字熟語であるが、まさにそんな言葉の似合う、清らかな風景の広がる土地であった。

 

 

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ほどなくして川辺駅へと到着した。

深緑色の三角屋根に、背の高い木が印象的だ。国鉄時代は羽後川辺という駅名だった。

 

 

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駅舎の構造が独特で、待合室の中に中二階的な空間が設けられている。

 

 

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中二階の方は、とりわけ何か特別なものが配されてるわけでもなかった。

どうしてこんな設計になったのだろう。

 

  

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ホームに降り立つ。こちらも非常に開放的な風景が広がっている。

 

 

 

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さて、ここまで1駅分歩いたので、次は列車に乗って移動・・・ではない。このまま隣の「吉沢駅」まで、引き続き沿線散歩を嗜むこととしよう。3km36分と、そんな大した距離ではない。

 

 

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鳥海山ろく線に平行する国道108号線には路線バスが走っている。運行しているのは羽後交通だ。

ローカル路線バスながら、どのバス停にも立派な待合室が併設されていることが多いが、これは豪雪地帯特有のものだろう。

 

 

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しばらく国道沿いを歩いていると、時刻表にないタイミングで列車がやって来た。

回送か試運転の類だろうか。特段撮影地でもない場所で、慌ててカメラを構えたので、その場しのぎ的な撮影になってしまった。

 

 

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大きなS字を描きながら、矢島へと向かう列車。

こうして見ると勾配の具合がよくわかって面白い。

 

 

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そのまま国道を進み、木在橋という橋にやって来た。

 

 

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橋と国道の交差点に踏切があり、その奥には熊野神社が鎮座している。

この辺も列車と交えて撮影すると面白そうだったのだが、あいにく列車が来る時間ではなかったので、ちょうど別にやってきた路線バスで茶を濁した。もしかすると、もう少し早めに歩いていれば、この辺で先ほどの列車を捉えられていたかもしれない。

 

 

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国道を少し離れて、川沿いの小道へ寄り道。なるべく線路に近い道を歩きたくなるのが、オタクの性というものなのだろうか。

この辺りで、同業者の方がカメラを構えていた。何か軽く世間話を交わしたと思うのだが、何を話したかは覚えていない。

 

 

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ここで子吉川と交えて列車を撮るのも楽しいかもしれない。

けれど列車は来ないので、大人しく先を進みましょう。

 

 

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再び国道沿いを歩く。

こちらも待合所が併設されているタイプのバス停である。

 

 

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すこし時刻表を覗いてみよう。

タイミングによっては2~3時間開いてしまうこともあるようだが、それなりの本数が走っているように思う。このバスをうまく活用すればより効率的に撮影して回れたのかもしれないが、当時はそこまで気が回らなかった。

 

 

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この辺りで山を越え、由利本荘市矢島地区から吉沢地区に入る。

 

これはもうどの地方に行ってもそうなのだが、やはり地方というのは車社会なので、基本的に道路に歩行者の人権がない。それでいて車の往来が多いので、こうして徒歩で旅をしていると非常に肩身の狭い思いをする。

 

 

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山を越えた先に見えるのが吉沢駅だ。

本当はもっと良さげに撮影したかったのだが、タイミングが合わずに微妙な感じになってしまった。

 

 

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引き続き吉沢駅を目指して歩く。

道自体は高規格なのだが、やはり歩行者に人権がない。車道即ガードレールである。ほんとにここ歩いていいのか心配になるのだが、もしダメなら車持ってない人はどうやって移動するのかということになるので、恐らく歩いても問題はないと思う。

 

 

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田んぼの広がる平野の中にぽつんと佇む吉沢駅

この鉄道にはこんな雰囲気の駅が多い。

 

 

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国道を離れ、線路際まで降りてきた。

あるのは小さな駅舎と直線的なホームのみ。これは駅舎というか、もはや小屋か。

 

 

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相変わらずホームから望む風景が良い。これだけでも十分絵になると思う。

 

 

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ここに限った話ではないが、待合室の中には除雪に使うと思われるシャベルなどが置いてあり、雪国らしさを感じた。

 

 

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吉沢で矢島ゆきの列車を見送った後は、さらにその先の「西滝沢駅」を目指して再び沿線を歩く。1,8km、20分の道のりだ。

 

ここまでで延べ3駅分の区間を歩いたことになるが、体力的なしんどさは当時あまり感じていなかったように思う。

地方のローカル線を歩いて旅する場合、隣駅まで1時間かかるなどといったことは珍しくないため、3駅も歩いたとなれば結構な疲労がたまるものなのだが、今回やってきたこの鳥海山ろく線は、ローカル線ながら駅間がそれほど長くないのだ。なので結構な駅数を歩き通したつもりでもあまり疲れない。これは第三セクター鉄道の特色の一つでもある。

 

かつて由利高原鉄道でITアドバイザーとして様々な活動を行い、後に若桜鉄道の公募社長となった山田和昭氏の書籍*1によれば『国鉄改革で生まれた第3セクターは、その要件の一つに「起点から終点までの営業キロが30km以下」というのがあり、短い路線が多い』とある。由利高原鉄道も例外ではなく、その営業キロは23kmと、5時間もあれば歩き切れてしまう程度の距離なのである。だから何駅も歩いたと言っても、その長さはあまり大した距離ではないのだ。

ローカル線の沿線を歩きながら旅をしたいと思ったとき、初めはこのような営業キロの短い第三セクター鉄道から訪れてみるのが良いかもしれない。

 

 

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沿線を歩いていると、「あ~この構図で列車が撮影出来たらな」と思わされる風景に数多く出会う。特にこの路線は風景が開けており、遠くからでも列車が見れるため、ことさらにそういった風景が多いようにも思う。

来ないとわかっていながら、偶然何か走ってきたりしないかなと期待してしまう感情が、なんだかもどかしい。

 

 

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吉沢駅から子吉川を越え、少し歩けばあっという間にニキ滝沢駅へと到着する。

立派な瓦屋根の駅舎と、その前に気がそびえたつような風景は、これまでに訪れた鮎川、黒沢、薬師堂に通づるものがある。というか駅舎の設計ほぼ一緒だろこれ。

 

 

 

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駅につながる線路がこのような曲線を描いていると「昔は列車の行き違い設備でもあったのだろうか」などと勘繰りたくなってしまう。ただの単線であれば、わざわざこうして曲線をつくる必要がないからだ。

 

 

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ただそういった駅には大概、線路を挟んだ向こう側にも何かしらホームがあったような遺構が残っているものだが、この駅ではそういったものを見つけることはできなかった。だからこの駅を訪れた当時は、きっと昔から単線の駅としてやってきたんだろうなどと考えていたのだ。

だが後々になって調べてみると、この鉄路の一時の終着駅がここ西滝沢駅であったことがわかった。行き違い設備が実在していたことになる。当時の勘繰りは間違っていなかった。

 

 

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西滝沢からは列車移動だ。2つ先の「前郷駅」へと向かう。

 

 

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前郷に到着。

ここでは上下線の列車交換が行われるため、交換設備が現役で稼働している。

 

 

 

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この駅で列車交換が行われる際、今では数少ない鉄道風景となった「タブレット交換」を見ることができる。

鳥海山ろく線羽後本荘~前郷と、前郷~矢島では列車の閉塞方式が異なる。前者はスタフ閉塞で、後者はタブレット閉塞が現役で用いられており、この駅でそれぞれスタフとタブレットが交換される仕組みだ。

 

 

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タブレットとスタフの交換を終え、駅員が小走りで戻ると、少し時間をおいて各列車が出発していく。

 

今でこそ中間駅として列車交換が行われている駅となっているが、この地に鉄道が通った最初期はこの駅が終着であった。そして構想では、この先の進路を東に取り、東由利の老方地区を経て、本荘と横手が鉄路で結ばれるという計画があった。この構想に基づき、本荘側から前郷まで開通した区間が「横荘鉄道西線」である。

横手側からも鉄路が伸び、横手~老方間が「羽後交通横荘線」として営業していて、最終的にこの両線が接続し本荘~横手が結ばれる予定であったが、様々な事情が重なりついに両線がつながることはなかった。

その後、本荘~前郷間は国鉄矢島線として国に譲渡され、横手~老方間は廃止されるに至っている。横手側には当時の面影を残す廃線跡が残っているらしいのだが、こちら側は構想段階で計画がとん挫したため、そういった遺構は存在していないと思われる。

 

いつかは横手の廃線跡を訪れ、叶わなかった秋田横断鉄道計画に思いをはせてみるのも面白いかもしれない。

 

 

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>おばこ号がくる!!<

 

 

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前郷は有人駅であるため、駅舎内も何かと充実しているようであった。

先述したタブレット閉塞にまつわる機械も、待合室の窓越しに垣間見れるというが、当時の私はそういった設備にあまり関心がなかったのか、完全にスルーしてしまっていた。

 

 

 

 

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さて西滝沢から前郷へ向かう間に1つ飛ばした駅がある。久保田駅だ。この鉄道で訪れる最後の駅である。

いつのまにか日も暮れ始め、先ほどまでの青々とした風景から、どこか夕焼け色に染まりつつある田園地帯の中、久保田駅に向けて歩みを進めた。

2.4km、約30分の道のりだ。

 

 

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私は鳥海山ろく線の中で、この前郷~久保田間の風景が一番魅力的に思う。

遠くに鳥海山を見据えながら、開けた田園地帯の中を走りゆく列車を思い浮かべる。どう切り取っても写真映えしそうな、そんな場所だった。

 

 

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線路は道路と並走していて遮蔽物も少なく、撮り鉄するには申し分のない場所だ。

ここでこんな感じに列車を撮影出来たら、などと考えながらシャッターを切る。と同時に、列車のダイヤ上、ここで列車を撮影できる機会がないことも私は知っていた。次来た時は必ずこの辺りで美しい写真を撮りたい。そう思いながら足早に進んだ。

 

 

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ほどなくして久保田駅に到着する。

板状のホームの脇に建てられた小屋に、久保田駅と掲げられている。この看板がなければ、何かの物置と勘違いしてしまいそうだ。

 

 

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待合室の中には時刻表やポスター、表彰状などが所狭しと貼られていた。

小さな待合室を持つ駅は他にもあったが、この駅には窓もなく、その狭さがより一層つよく感じられるようだった。なんとなく小さいころによく作っていた秘密基地にでも迷い込んだような気がした。

 

 

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ホームから鳥海山を望む。

こうした地域の象徴的なものが色んな場所から拝められるのは良い。その土地に来たんだなという旅情をつよくそそられるような気がする。富山から見る立山連峰や、信州で見るアルプスの山々などがそれにあたる。鳥海山もその一つだ。

 

 

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この駅では羽後本荘行きの列車を一本撮影したのち、矢島行きの列車に乗り込む算段だった。

せっかく鳥海山がきれいに拝めるところなので、山と絡めていい感じに写真を撮れないかと画策したのだが、あまりうまくはいかなかった。

 

 

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矢島行きの列車がやって来た。

前郷駅で先ほど撮影した列車とすれ違ってきた列車だ。

 

 

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申し訳程度に鳥海山と絡めて撮影する。

 

 

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日も大分傾いてきた。

早朝から歩き回ってきたこの土地との別れも近い。

 

 

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2度目の矢島駅だ。

音鉄の都合上、どうしても始発から終点まで列車を乗り通す必要があったため、最後に矢島駅までやってくる行程となった。

それに合わせて、矢島駅にほど近い酒造でこの土地の日本酒が買えるらしいとの情報を得ていたので、これを買ってから帰ることにしていた。鳥海山からの伏流水で造られた日本酒である。お店で小さな瓶に入った日本酒を買ってから、矢島を後にした。

 

 

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日はみるみるうちに沈んでゆき、羽後本荘に着いた頃には完全に夜となっていた。この後は羽越線の列車に乗り秋田へと向かい、東京行きの夜行バスで帰るだけとなる。

朝から丸一日中散策していて、いいローカル線の風情を存分に味わえたように思う。そして同時にまだ撮り足りない風景が数多く残っていることも思い知らされた。またいつか来なければ。今度は一面の銀世界の中へ身を投じてみたい。そう心に誓いながら、名残を惜しみつつ、秋田行きの列車に乗り込んだ。

 

こうして、やや突発的な由利高原鉄道の撮影旅が、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

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* 最後までお読みいただき、ありがとうございました

 

 

*1:山田和昭 (2016)『希望のレール 若桜鉄道の「地域活性化装置」への挑戦』祥伝社