ぬる湯ま

よく錆びます。

「彼女」という概念がわからない

 

 

 私には「彼女」という概念がわからない。

 

 ここに一組の男女がいたとする。2人は良好な友人関係にある。では何があれば、この2人は恋愛関係に発展するのだろう。何をすれば彼氏・彼女という段階に事が進むのだろうか。

 直接に告白をして、その想いが通じた時か。渾身のラブレターを投じ、後日了承の内容が記された返事を貰った時か。それともとある拍子に一線を越え、その勢いのまま「付き合っちゃおっか」とお互いに意気投合した時だろうか。

 そもそも何かしらの儀式を経て「カップル」になるという認識が誤っているのかもしれない。2人が気づかないうちに相手を意中の異性と認識しあったとき、そしてそれが暗黙のうちに相互理解となった時、人々はカップルになるのだろうか。

 何にせよ、過去に告白されたことはおろか、一切の想いが通じた経験すらない私にはわかるはずがない。

 

ーーー

 

「俺さ、同棲してる彼女がいるんだけど」

 

 彼は手元に置かれたコーヒーにフレッシュを注ぎ、それをスプーンでかき乱しながら何気なく言った。十数年ぶりになる旧友との再会。駅前にある喫茶店の片隅で、思い出や近況話に花が咲いていた。そんな中で彼の口から出た、何気ない一言だった。

 へぇ、彼女か。

 何ら不思議な事ではない。彼には恵まれた容姿があった。同級生時代からクラス…いや学校全体で一目置かれるようなイケメン枠に入っていたし、最近繋がったインスタグラムにも大学でのキラキラした日常がよくアップされている様子がうかがえた。

 いわゆる陽キャの部類になるのだろう。容姿端麗で性格も紳士的な彼に、彼女がいたところで何らおかしくはない。そういえばインスタには彼女とのツーショット写真も上がっていたっけ。女性経験のない私にとっては、彼のする日常話はただただ羨ましいものだった。他にも他愛のない話を交わしつつ、その日は解散した。

 

 後日、街中でばったり彼と出くわした。隣には女性の姿。

 

 「また会うなんて偶然だね。あ、こちらは彼女です」

 

 へぇ、彼女か。

 あ、どうもと私は軽く会釈をする。彼に相応しい綺麗な人だった。だが心の内に違和感を覚える。私の知っている顔と違う。前見た彼のインスタに上がっていた女性とは明らかに別人だったのだ。とりあえずその時はお互いに用事があったこともあり、この場は軽い挨拶だけで済まされたのだが、この違和感がぬぐえなかった私は後日、彼に思い切って尋ねてみることにした。「彼女前と違う人?」と。

 返事は明快だった。インスタの彼女とは違う彼女だった。

 曰く、インスタの彼女とは2か月前に別れており、今の彼女とはその後に付き合いだしたのだという。その間の空白はなんと数週間。私の理解は遠く及ばなかった。そんな短期間で彼女って変わってしまうんだ。

 

 そんな世界もあるのだなあとしか思うことが出来なかった。

 

ーーー

 

 改めて思う。私には「彼女」がわからない。

 彼の持つ彼女枠には、今までに何人もの女性が収まってきたことだろう。その度に彼は「友人関係が恋愛関係に発展する瞬間」を経験することになる。冒頭で私がわからないといったあの瞬間を、彼は何度もしている。

 異性との付き合いや別れを繰り返す。それはそれで決して楽な事ではないだろう。でもそれが苦か楽かすら、経験がない私にはわからないことなのだ。女友達が「彼女」になる瞬間。目の前の異性が「彼女」として存在する気分。付き合っていた彼女が去り、また新たな異性と恋愛関係になる気持ち。その全てが、わたしにはわからない。